佐藤舜海(岡本道庵)肖像写真
| 所蔵機関 | 佐倉市 文化課 |
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| ID | B-PP-06 |
| 資料名 | 佐藤舜海(岡本道庵)肖像写真 |
| 資料名よみ | さとうしゅんかい(おかもとどうあん)しょうぞうしゃしん |
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| ライセンス | 各所蔵機関にお問い合わせください |
| 大分類 | 写真 |
| 中分類 | 人物・肖像 |
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| 作成者よみ | |
| 作成年(西暦) | |
| 作成年(和暦) | |
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| 作成日 | |
| 時代 | 明治 |
| 場所(地域・地区) | 佐倉 |
| 説明文 | 佐藤舜海(1848~1911)は、藩士岡本千春の長男として生まれた。佐藤泰然に学び、泰然隠居後は尚中に師事した。慶応 2 年( 1866 )、佐藤尚中によって書かれた門人名簿では、塾監として岡本道庵の名が記されている。同年の佐倉藩の医制改革では、三等医師として尚中を支えた。明治2年( 1869 )、尚中が明治政府からの要請で上京した後は、佐倉の順天堂の経営にあたった。同7 年、尚中は道庵を養子にして家督を譲り隠居し、道庵は尚中の旧名と同じ「佐藤舜海」を名乗った。 同 10 年に起こった西南戦争の時には、大阪に置かれた陸軍臨時病院で、軍医として治療にあたった。同 19 年には、佐倉営所病院病院長となり、日清・日露戦争にも従軍し、陸軍一等軍医正に任じられた。また、佐倉の順天堂を 順調に 経営し発展させた。舜海の還暦を祝って門人たちが建てた頌徳碑が、佐倉順天堂記念館裏の本町街区公園に残っている。 |
| 備考 | |
| 寸法縦(cm) | |
| 寸法横(cm) | |
| 寸法高さ(cm) |